外大対策演習

写真:秋月博光先生授業風景

秋月博光

写真:秋月博光先生

関西学院大学社会学部卒。ECC国際外語専門学校で英文法・英文解釈・英作文などの指導を15年にわたっておこなっている。

外大を目指す英語力とは、どれくらい必要でしょうか?
この授業では、数ある外大の中でも、とくに関西の受験生に人気の高い関西外大と京都外大の編入試験の英語に的を絞った受験対策授業を行っています。編入試験の英語といっても特別なものではなく、一般入試とほぼ同じ形式とレベルです。すなわち、英検2級から準1級のあいだのレベルの長文読解・語彙と文法の選択問題・英作文等が課されるわけです。関西外大ではリスニングの試験もありますが、やはり英検2級レベルの内容なので、それほど難しいものではありません。ちなみに英検2級レベルとは、高校卒業程度の英語力、準1級レベルとは短大卒業程度の英語力といわれています。
具体的には、どのような内容を学ぶのですか?
長文読解を中心に指導を進めていきます(長文読解は配点がたかいため合否の分かれ目となる)。両大学の実際の入試問題や、おなじレベルの他大学の入試問題等を教材として使用し、編入試験に対処できる実力養成を図ります。
学生に望むことは?
外大をめざすということは、大学編入後も英語が最重要科目であり続けるということです。実際的な運用力を含めて英語力を自分の限界までたかめることがもとめられます。単に受験のためだけではなく、「大学生として通用する実力をこのクラスで培うぞ」という強い意志を持って、授業に臨んでもらいたいとおもいます。
外大を目指す方へ
中学、高校、あるいは予備校で、何度もいわれてきたでしょうが、英語力を伸ばす基礎となるのは、やはり語彙力と文法力です。このふたつさえしっかりしていれば、あとは練習を重ねることによって、どんどん英語力はついていきます。しかし、長文読解の場合、「日本語力が充分ではなかったり、知識が不足しているために英文の内容が正確に把握できない」ということがよくありますので、本や新聞を読み、幅広い知識や考える力をつけていくことが非常に大切です。これは大学でも、社会でも、もとめられつづけることです。英語を勉強しているだけでは、いずれ大きな壁にいく手を阻まれます。でも自分の勉強に欠けていることに気づいて徐々にその穴を埋めていけば、大きく力を伸ばすことができるでしょう。外大編入をめざす勉強に王道はありません。不断の努力あるのみです。

論文基礎

写真:福田知子先生授業風景

福田(井上)知子

写真:福田知子先生

詩人。日本ペンクラブ会員。立命館大学大学院先端総合学術研究科博士課程修了。学術博士。【主要著作】『詩的創造の水脈』(晃洋書房、2008年)、『微熱の花びら――林芙美子・尾崎翠・左川ちか』(蜘蛛出版社、1990年)、『紅のゆくえ』(蜘蛛出版社、1985年)、『猫ハ、海ヘ』(蜘蛛出版社、1987年)、『ハダカの螺旋』(宝塚出版、1999年)、『単体の空』(風来舎、2000年)、『京の美学者たち』(晃洋書房、2006年。共著)、『スペイン内戦とガルシアロルカ』(南雲堂フェニックス、2007年。共著)。

「論文基礎」ってどんな授業ですか?
みなさんもご存知のように、大学編入試験では「小論文」が課されます。この授業は、ひと言でいえばその対策です。小論文は作文のように感じたことや考えたことをそのまま書けばいいというものではありません。適切な「素材」を選び、組み立て、読み手を納得させるような「論理的かつ独創的な文章」を書けるようになることが大切です。論理性と独創性がポイントです。
論理的で独創的な文章なんて・・・。頭のなかが真っ白になってしまいそうです。
大丈夫ですよ。ほとんどの人が最初はそう感じているようです。最近の出題は、まず課題文を読み、筆者のいいたいことを正確に把握し、それをきちんと踏まえたうえで自分の意見を展開するというパターンが多いようです。なので、いきなり原稿用紙を渡して「はい、書いてください」というような授業はしていません。まず、課題文を理解すること、適切な要約の仕方を身につけ、要約を生かしながら、小論文へとレベルアップしていきます。
よかった、安心しました。では、授業ではどんなことをするのですか。
絵でも楽器でも「作法=決まりごと」がありますよね。小論文もおなじです。原稿用紙の使い方はいうまでもありませんが、組み立て、つまりいかに構造的に文章を作っていくかが重要です。起承転結という言葉を聞いたことがあるとおもいます。小論文は大きく分けて、「序論(起)⇒本論(承・転)⇒結論(結)」の3つの部分から成り立っています。ですから、まずこの構造がなければ論理的な文章とはいえません。ほかにもいろいろ細かい作法があります。ですが、もっとも肝心なのは、書く素材、つまり知識をしっかり蓄積することです。むずかしいのは、蓄積した知識をいかに自分なりにアレンジできるか、ここでみなさんの文章に独創性があるかどうかが決定されます。授業では、構造のしっかりした文章を読み解き、要約し、それから素材を上手に使って書くという訓練を段階的にやっていきます。
やっぱり難しそうですね。どうすればいいんでしょう・・・?
ご飯の食べ方だって、ピアノの弾き方だって、「作法」というものは慣れてくれば平気になるでしょう。文章も同じです。構造を意識しなくても自在に書けるようになれば、これほど楽しいことはありません。ただ、やはり最終的には、書く素材をどれだけ蓄積し、消化できるかが勝負ですね。それには、意識していつも知的好奇心を旺盛にしておく意外に方法はありません。テレビを見るときも、本を読むときも、町を歩いているときにも、いつもアンテナを張っていることが大切です。
最後に、受講生に望むことを教えてください。
有名大学に合格できるレベルの小論文を書けるようになるのはもちろんのこと、3年生に編入するわけですから、教養課程の知識を身につけて欲しいというのが私たち講師の願いでもあります。ですから、課題文などの「素材」は基礎教養のふくまれたものを選びます。何度も丁寧に読んで考えて、質問もしてください。文学分野の課題はときとしてむずかしいかもしれませんが、とくに文学部や社会学部を受験する人はしっかりついてきてください。大学でおこなわれている内容を取り入れることで、受験生活に彩りが生れればうれしいですね。小論文という枠に捕らわれず、学問の世界を楽しんでいきましょう。

経済経営数学

写真:小葉武史先生授業風景

小葉武史

写真:小葉武史先生

小葉武史、神戸大学大学院経済学研究科修了。博士(経済学)。現在、神戸大学海事科学部学術推進研究員。

経済学部や経営学部は文系に分類されていますが、それでも数学は必要でしょうか?
必要ですね。入試の科目に数学があるかどうかは問題ではありません。経済学も経営学も、数学によって記述されているのです。数学を知らないで経済学や経営学を学ぶのは、英語が読めないでシェイクスピアを学ぶようなものです。
経済学や経営学において数学は具体的にはどのように用いられるのでしょうか?
マーシャルの「経済学原理」には、社会科学における数学の用途について、次のように書かれています。「人がその思想のいくつかを自分自身に役立てるために、迅速・簡単かつ正確に書き下す助けになる」と。つまり、言葉でだらだらと書いていたのではわかりにくい複雑な事柄を、簡単に記述するために用いています。
数学が難しくて嫌いなので文系を選んだ人もいるかと思いますが?
言葉で書くと面倒なところを、横着をして数学を利用しているのですから、難しくなるはずがありません。少なくとも経済学や経営学で使う数学は簡単な数学です。数学と聞いただけで拒否反応を起こす人もいますが、少しやってみれば全然たいしたことがないとわかります。それを伝えるのがこの授業の目的の一つです。
受講生に望むことは?
数学は一つ一つブロックを積み上げるように論理を積み重ねていく学問です。丁寧に積んでいけば、高い建物を建てることができますが、適当に積むと必ずそこから崩れます。だから確実に一歩一歩進んで欲しいと思います。勝手にわかったつもりにならないで、少しでも疑問に感じたことは、どんどん積極的に質問をしてもらいたいですね。世の中には数学が好き好きでたまらないという人が一部いることをご存じだと思います。数学に拒否反応を持っている人には変態にしか見えないでしょうが、自分自身がブロックを一つ一つ丁寧に積んで完成させた建物の美しさを目にすれば、なぜそんな気持ちになるのかがわかると思います。この境地にみんなを持っていくことができれば、授業は大成功ですね。

現代企業論

写真:壷内慎二先生授業風景

壷内慎二

写真:壷内慎二先生

大阪市立大学大学院経営学研究科博士課程修了(経営学修士)

「現代企業論」ではどんな勉強をするのですか?
これから経営学を深く学ぶ人のために、経営学の対象となる会社のことや、その中で働いている人たちのことについて勉強します。
経営学は経済学とどこが違うのでしょうか?
例えて言えば、森と木の関係のようなものです。経済学では木の集まりである森全体がどうなるかについて勉強していきます。ただ経済学という森では、ソニーもパナソニックもトヨタも不二家も三笠フーズも近所のスーパーもみんな同じ種類の「木」として扱います。ところが経営学だと、「この木は太いなぁ、なぜだろう」とか、「この木はたくさんの果実をつけているなぁ、みんなに配るにはどれぐらいずつ配ったらけんかにならないだろう」とか、「おや、この木は一見健康そうだけど、本当は弱っているのではないか、治療方法を考えよう」といったように、森を作っている一本一本の木を見ていきます。
経営学の魅力は何でしょうか?
ひとつの工夫やアイディアが 会社の運命を劇的に変えたり、世の中全体の考え方を変えたりすることでしょうか。90年前、自動車会社のフォードが安売りの車を販売したことで、アメリカは車社会へと変わっていきました。生活が便利になったことはもちろんですが、働き方、生活の仕方、ひいては一国の経済構造など、一般庶民が車を手にする前と後ではまったく世の中が変わってしまったのです。現代はIT技術の進歩で、似たようなことが世の中に起きています。過去の成功例や工夫を勉強し、様々なデータをもとにして、会社のこれからをシュミレーションすることが経営学の醍醐味でしょう。
経営学を学ぶとお金持ちになるのでしょうか?
あなた次第です。私は株式投資で火だるまになりました。
最後に一言
みなさんは学校を卒業した後、社会に出ます。多くの人は会社に就職することになるでしょう。自分で会社を作ったり、自分でお店を開いたりする人もいるかもしれません。みんな一生懸命やっていくことでしょう。でも一生懸命だけではうまくいかないこともあります。一生懸命さに加えて、勤め人になる人であれば、会社で仲間と一つのことをやりこなす技術、会社やお店を開く人であれば、倒産しないようにする技術や従業員に働いてもらう技術が必要になります。現代企業論を学ぶことはそのような技術を学ぶことでもありますし、みんなで仲良く働く技術を身につけることにもなります。

国際関係概論

写真:久保田ゆかり先生授業風景

久保田ゆかり

写真:久保田ゆかり先生

大阪外国語大学大学院言語社会研究科博士後期課程修了。博士(学術)。大阪大学客員准教授。専門は、国際関係論、日米関係論、安全保障政策、防衛技術政策。

国際関係論はどんな学問ですか?
一言で言えば、戦争と平和の問題を総合的に考える学問です。国際関係は、20世紀に起こった二つの世界大戦の反省から生まれたのです。戦争を防ぎ、平和な国際社会を築くにはどうしたらよいかを科学的に分析することが、国際関係論の出発点です。
なんだか堅苦しそうで、想像していたイメージと違うのですが…。
そうですね。幸いなことに戦後の日本は戦争に直接巻き込まれたことがありませんから、「戦争と平和を考える」と言われても、ピンとこないかもしれません。でも、戦争と平和を考えることは、人間の生存そのものを考えることですから、とても実践的な学問分野と言えます。それに、戦争と平和の問題以外にも、国際関係論では、経済、科学技術、エネルギー、環境、人権など、さまざまな問題をめぐる、国際社会の対立と協調にも焦点があてられます。
では国際関係論は時事問題の授業なのですか?
ニュースでとりあげられる社会問題や国際問題に関心を持つことは重要なことですが、国際関係概論は、単に時事問題を解説するための授業ではありません。国際社会は多元的で重層的です。つまり、国家をはじめとして、国際機関や企業、民族集団、NGO、個人などさまざまなアクターが、政治、経済、環境、技術などの問題をめぐって、相互に作用しあっているのが国際社会です。このような国際社会の構造を理論的に分析すると同時に、諸関係を歴史的に考察します。こうした作業を通じて、アクター間の対立の原因や協調の可能性を探るのです。歴史的な考察をしないで、今日的な問題の意味や特徴を理解することはできません。
受講生に望むことは?
手っ取り早く「答えは何?」と求めるのではなく、問題を深く見つめ、自分の考えを導き出し、それを論理的に表現できるようになってほしいです。この世の中にたったひとつの「正しい解」など存在しません。特に国際関係では「正義」は複数あります。また、一般入試とは違って、大学編入の試験では受験者の思考能力が問われます。そのためには、幅広い学問分野に接し、「なぜ」「どのように」と意識的に考える訓練を積むことが重要なのです。意識的に考える作業を通して得た「自分なりの答え」や「自分なりのものごとに対する見方」は、時間がたっても色褪せない知識として、みなさんの今後の糧となってくれるはずです。「自分のやりたいこととは直接関係がないから」と決めてかからずに、学問に対する興味の幅を広げ、学び、考えることに貪欲になってください。国際関係論はさまざまな学問分野と関わっていますから、これを通じて国際社会を見る目を養うと同時に、思考能力を鍛えてほしいです。

言語学入門

写真:戸髙和弘先生授業風景

戸髙和弘

写真:戸髙和弘先生

大阪大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。現在、大阪大学・神戸女学院大学ほか非常勤講師。
【主要業績】
ディオニュシオス、デメトリオス『修辞学論集』、京都大学学術出版会、2004年(共訳)。クインティリアヌス『弁論家の教育〈1〉』、京都大学学術出版会、2005年(共訳)。

言語学とはどのような学問なのですか?
「言語学」というと難しそうに聞こえるかもしれません。そして実際、「言語学」は難しくまた奥が深いのです。しかし「言語学」があつかうのは我々が毎日使っている言葉であり、その意味ではきわめてなじみ深いものです。むしろ当たり前のように毎日使っているからこそ、かえってそれを学問として研究することが難しくなっているのかもしれません。例をあげれば、言葉は空気のようなものであり、人間にとって不可欠でありながら、それが意識されることはめったにないのです。空気を研究するために特別な装置が必要であるように、言葉を研究するためにも何らかの装置が必要であり、それが「言語学」であるといえるでしょう。
古くから「言語学」という学問があったのですか?
言葉に対する研究は人類が誕生して以来つねにおこなわれてきたと言ってよいのですが、現代における「言語学」はそれまでの研究とは大きく立場が違っています。言葉のとらえ方は民族、社会ごとに異なっているのですが、概して言えば、かつて言葉は事物を正しく表示している、言いかえれば、言葉と事物との間には不可分の関係があると見なされていました。しかしソシュール(スイスの言語学者)によって、言葉と事物との関係は社会のなかで決まるものだということが明らかにされたのです。
言葉について研究するのが「言語学」なのですか?
いいえ、それだけではありません。言葉が社会的な約束事によって決まっているというこの発見は、それまでの考え方を大きく転換させるものでした。我々の世界のとらえ方自体が、言語のしくみを暗黙のうちに前提としているのです。したがって、言葉を研究する「言語学」は、たんなる言葉の学問であるにとどまらず、物事のとらえ方を研究するのであり、あらゆる学問分野と密接に関連している学問なのです。
授業ではどの程度本格的に「言語学」を学ぶのでしょうか?
本授業はあくまでも「入門」であり「言語学」を専門的に研究したいという人を対象としているわけではありません。「言語学」があらゆる学問の基礎として存在しているかぎりで、将来どのような分野に進もうとも最低限知っておくべきことを学ぶのが本授業の目標です。